僕らの無意識の思想。

最近勉強していて、ずっと整理出来ないでいるのが、僕らの無意識の思想。

第二次世界大戦が終わって、日本人は生きることに一生懸命だった。いわゆるマズローの五段階欲求説の一番下、生存欲求。

その次が、マズローでいう安全欲求だけど、団地とかの造成になるのかな。

三番目は、所属欲求。多少生きることに余裕が出てきて…就職活動が産まれた辺りになるのかなぁ。安保闘争とか?

そして四番目が、承認欲求。他の人にとってなくてはならない自分。尊敬される自分になりたいというもの。承認欲求が満たされない事の反動が、犯罪の低年齢化?ヒロイズムとかもここかな。

五番目は、一番有名な、自己実現欲求。
論理的に説明することは出来ないけれど、今の日本はこの四番目と五番目の間ぐらいだと思う。

ただ、このマズローの欲求段階説は、分かり易いんだけど、やっぱり人間だけしか見ていない。
それぞれの過程を充足させていくには、資源が必要であって、当然地球環境の要素とかも入るはず。

近代西欧思想は、人間中心主義、理性主義などであった、と言われている。
それが故に、環境破壊や、マイノリティー差別(女性、子供、精神病、障害、民族、文化など)が起こった、とも。

ちょっと思いつくままに書いています。
マズローを批判したい訳じゃないです。

僕らはやっぱり目的や目標を定めて、あらゆるものに意味付けしたがっているように思う。
自分の世界のあらゆるものに呼称を一方的に付けている。

それはもちろん、同族(人間同士)のコミュニケーションのためであるというのも分かる。
(あれ、コミュニケーションって何だ、って話になるけれど・・・)
けど、自分の世界に存在するものに対して、呼称を付けて初めて安心する、という心理的側面も多分にあるんじゃないかなぁ。

「意味が分からない」っていうのも、ありなんじゃないかなぁと。

「意味が分からない」っていうのは、
なんとなく心理的抵抗があるんだけどね。

そう、そこ。
「意味が分からない」に対して、心理的抵抗を感じるのは、やっぱり僕らの無意識に、何らかの思想とか哲学と呼ばれるものがあって、
それが影響しているんだろうなーって。

目的や目標を遂行するだけが、人間じゃない・・・はずで。
そういった目的や目標、意味なんかを付けさせている思想が、
効率化の推進とかを求め、
その結果が環境破壊とかマイノリティ差別に繋がっているんじゃないかなーっと。

案外、今ある社会問題って、
僕らが無意識に抱えている、思想に原因がある気がしてくる。

けど、その思想を変える、啓発や啓蒙っていう思想そのものも、
旧思想の産物であって、
結局同じところをぐるぐる回るしかないと思う。

もっと新しい…というか、パラダイムシフトを起こした、
根底から違う思想が必要なのかも。

そして、その思想が生まれつつあるのが、現代なのかな…っていう気もしている。

こんな話を、もっと論理的に、説得力があるように書けるようになりたい!
僕の勉強は続きます(苦笑)

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